明るい鑑定を目指す理由

完璧な人間なんていないよ。

短所だと思っているところが、長所であることだって多い。

逆に長所だと思ってることが案外そうではないことも少なくない。

わたしも足りないところがあって、その穴を埋めようとあがいている。

わたしが鑑定を明るく真剣に心がけるように努めているのも、もとはといえば、

毎日、毎日、来る日も来る日も母が泣き明かしていたからだ。

苦しいことがあって自分が苦しむのは何とかできる。

でも、身近な人やよく知っている人、そして尊敬している人が泣き崩れているのをみるのは、つらい。

だから、明るくするようになったのかもね。

母がね。私が中学の時だけどさ

もうしにたい。しにたい。もういやだって時本気でいわれたときは、明るくしようとしてもとまらない。とめられない。

そのとき、思った。母が命がけで死のうとしたときには、こっちも真剣に命がけでいかないととまらないってこと。

あたりまえだけど。

死のうとしたときの人間って、普段の10倍ぐらい腕力というか力が出るってしった。

死のうとしている人の前では学校の知識なんて役に立たないってことを、頭ではわかっていたつもりだけど、目の前でその事実をつきつけられるっていうのはきつかった。

わたしもまだそのとき中学生だった。

自分がしっかりしなきゃどうにもならないとそのとき思ってた気がする。

つらくなりすぎて、気が付けば自分が自分を笑ってた。

自分が完璧だったら、なんとか事態を変えることもできたかもしれなかったなあと考えることもある。

笑いとか笑顔とかって本当に大事だよ。

不幸も極まればわらうしかないってのは本当だよ。

わたしは完璧でないけど、よろしくお願いします。

いつも全力でがんばる。君の夢のためにも。