福岡草競馬老司

福岡草競馬老司

ナビゲーションポイント

092-565-2529

老司小学校

811-1346

福岡県福岡市南区

老司3丁目21

ろうじと読みます。この小学校にあ

ったというわけではありません。

明治20年〜30年に老司で競馬

が行われました。freefielderjpよ

り。

freefielderjp

昭和5年に発行された福岡市の地

図を見ていたら、地図の端っこにオ

ーバルコース発見。競馬場とキ

ャプションが付けてある。

この地図北が上にきてないので分

かりずらいと思います。

中央の交差点が現在の平尾交

差点。

縦に走っている路線が現在の西

大牟田線で、真ん中あたりの駅

が現在の西鉄平尾駅。当時は八

幡やはた駅という名前。

横に走っている路線は、北九州

鉄道、のちに国鉄JR筑肥線

なって、1983年に廃止。現在は

筑肥新道となっています。右端の

駅は新柳町駅、のちに筑前高宮

駅に名称変更されました。現在は

サニー那の川店になっている場

所。

で競馬場のあったのは、現在は

福大グランド〜高宮中学校にな

っている辺りから、西鉄高宮駅

前あたりにかけての場所です。

へーこんなところに競馬場があっ

たんだと現地に足を伸ばしてみ

ても、往事を忍ばせるものは一切

なし。まあ、80年以上前のもの

だし仕方ない。

さてこの競馬場の正体は?

上記サイトで前後の時代の地図

を確認してみると、地図上でこの

競馬場の存在が確認できるのは

昭和2年から昭和5年のみ。そ

れより前はこの場所に何もない。

これより後は、この場所に整然と

道路が配置されて、たぶん農地

か住宅地。

ネットでこの時代の福岡市近郊

の競馬場について調べてみても

、福岡競馬場〜春日原競馬場の

情報しか出てきません。やっぱり

ネットの情報には限界があります

なぁ。

というわけで、前回の福岡市内に

競馬場があったんだ。でも詳細が

わからないの続き。昭和初期の

地図を見ると、福岡市南区の高宮

辺りに競馬場があったようなので

すがという話です。

困った時には図書館へ。郷土資料

のコーナーで南区ふるさととい

う本を見つけました。編者は福岡

市南区民俗文化財保存会、発行

は平成4年。目次を眺めてみると

、ズバリ高宮の競馬場というペ

ージがあります。ビンゴです。ちょ

っと引用してみると

今の高宮駅から日赤病院にかけ

ての付近に草競馬があったのは

殆どの人がご存じないと思うが高

宮競馬場は大正末期ごろにあっ

た。

ということだそうだ。

以下、箇条書きで内容を示すと、

大正の初めごろまで、那賀川

尻橋付近の河原で、時おり草競

馬が行われていた。

大正八年〜九年頃、高宮の地

主たちが農地を提供し、競馬場

を開設。

春と秋に2〜3日ずつ競馬が開

設されていたようだ。なかなかの

盛況ぶり。

昭和三年から区画整理が実施

されたため、僅か6〜7年で閉鎖

閉鎖後すぐに、春日原に競馬

場ができた。

うん、大正末期から昭和初期に

かけて、確かに高宮地区に競馬

場が存在したのですね。那賀川

井尻橋付近の河原にも競馬場

があったという新情報も。現在の

香蘭女子短期大学付近でしょう

か。

さて、他の文献もあたってみまし

ょう。春日の郷土史家赤司岩雄

の著作春日原地区歴史散歩

という小冊子にも、福岡市近郊

にかつて存在した競馬場の記

述がちらっと出てきます。獣医

をしていた高田亀治郎という人

が明治22年から昭和23年に

かけて記していた日記に、以下

のような事がらが書かれている

そうだ。

明治二十年〜三十年代井尻

河原老司別所東公園などで

競馬が開催された。

明治三十一年〜三十三年雑

餉隈で競馬が開催。

大正に入ると箱崎西新町

新柳町井尻川原糸島郡前原

朝倉郡篠隈三井郡北野など

で開催。

大正六年〜十二年平和台の

福岡練兵場でも開催。

昭和五年〜八年春日の小倉

福岡競馬場

昭和七年〜十五年春日原

馬場。

ここに書かれている。新柳町

の競馬場というのが、おそらく

高宮の競馬場のことでしょう。

実際の新柳町というのは現

在の清川辺りですが、高宮の

競馬場、北九州鉄道の新柳

町駅から程近い場所にありま

すからね。

まとめると、

福岡市とその近郊では、明治

時代から各地で草競馬が行

われていた。

大正の半ばごろ、高宮あたり

に競馬場開設。盛況であった。

高宮競馬場は、区画整理

煽りで昭和三年ごろ閉鎖。

昭和五年に春日小倉に福岡

競馬場開設。

昭和七年に福岡競馬場を春

日原に移設。

昭和十五年に春日原競馬場

が閉鎖。

ということで。

さて前回、大正から昭和初期

にかけて、福岡市内高宮辺り

に競馬場があったのだなぁと

いうことを書きました。その高

宮競馬場が閉鎖された後に、

今のJR春日原駅前に開設さ

れたのが春日原競馬場。この

春日原競馬場はかなりの規模

の設備が整っていたらしく、い

ろいろな資料に登場します。

例えば、昭和14年に福岡協和

会から発行された筑前博多

という本。福岡博多その近郊

のガイドブックといった趣の冊

子です。ちょっと引用してみる。

近ところどころ

九鐵電車を利用してところどこ

ろをご案内致しませう。

中略

春日原に下車しますとすぐ大

グランドです。總ゆる競技が出

來ます。西日本唯一と誇って居

ります。中略又小線路を踏み

切れば大競馬場もあります。

九鐵というのは現在の西鉄

神大牟田線です。沿線各駅の

見どころを紹介したセクションか

ら引用。文中の大グランドと

いうのは、現在のJR春日駅

西鉄春日原駅の間にあって、

以前調べた春日原球場もこの

大運動公園の中にありました。

九鐵春日原駅を出て西側に

出るとすぐ大グランドがあっ

て、そのまま進んで省線国鉄

の線路を渡ると大競馬場

がある、という位置関係です

ね。

さて、この筑前博多という本

、とても読み易い、味のある文

章で綴られています。ところど

ころにユーモアのセンスも感じ

られて、読んでいてまったく飽

きることがありません。

またちょっと引用してみる。

喫茶とカフェーと酒場

餅菓子屋の店頭で澁茶をすす

り和菓子やぜんざいを賞味した

時代は去りました。今はピトロ

グラスのすがすがしいテーブル

でコーヒーの香りを楽しみ、ア

イスクリームに夏を忘れる喫茶

風景が博多の盛り場東中州の

新點景となっています。明治製

菓、サニー、ブラジレイロ、サン

ライス等仲の評判です。そし

てどこの給仕も美しく清楚で頗

るよろしいと褒められておりま

す。

ネオンライトとジャズの流るる

ところ臙脂青黛えんじせいた

いとりどりに装ふ女給のウィ

ンク、さては、媚笑狂態の限り

を盡してのサービスを求むる

お方は博多のカフェー情緒を

味はふのです。

どうよこのステキな文章。

昭和初期の東中州のカフェー

に是非とも寄ってみたくなるよ

うな、この文章の素晴らしさ。

観光ガイドブックとしては出色

の出来映えだと思うのですが

、如何でしょう。全編引用した

いという欲求にかられてしまい

ます。

私もこのような読み易く調子の

よい文章を紡ぎたく思って居る

のです。しかし仲考へるやう

には綴れぬのですね。齒痒さ

を覺えます。日本語の奥深さ、

或いは難しさの所為でせうか。

参考文献

freefielderjp

でわでわ

広告を非表示にする